絶望


明日バイトに行きたくない。っていうか辞めたい。まだ始めてから4ヶ月くらいしか経ってないけどもう辞めたい。根本的に労働が嫌いな上に最近ずっと忙しいしこの前ミスしてわりとまあ怒られた。自分の至らなさやそれでも私のせいじゃないってすぐ思ってしまうことに絶望して行きたくないし、すぐこういうこと思って引きずることにも絶望するので辞めたい。私なんかに労働させないでほしい


本当に本当に行きたくない。キャベツ千切りしながら泣けてきた。泣きながら味噌汁作ったらいつも同じように豆腐切ってるのに今日に限ってなぜか切り方間違えた。もう嫌。行きたくなくて手が震える


でも金がない。バイトなので失業保険もない。いっそのことバイトほっぽって失踪したいけど実家暮らしなのでそれもできない。労働の苦しみを買い物でなんとか解消したくてもやっぱり金がない。未来も夢も希望もない。奨学金の返済はある


表面上にしてもみんなちゃんと仕事できるのになんで私はできないの?  昔はもっと大変だったって言うけど、昔に生まれてたら子供のうちに死んでたよ。それか大人になってもすぐくたばったと思う。苛酷な環境に耐えられるわけない


生きててもなんもいい事ねーな!  いつもはそんなことないってわかるけど今は無理。楽しいことも考えらんない。楽しい気持ちを思い出そうとして過去に書いたものを見返してみたらゲロ吐いて死にたくなった。明日来て欲しいなら最高に強いシャブが必要。今すぐ推しカプのエロをくれ。いま、ここで、新しいのを。さもなくば浴びるようにペヨーテをキメてまともな意識がないうちにマヤの神々の供物になりたい。私の首だか心臓だかを神殿に捧げてくれ。なんでみんな働けるの?  狂ってる。正気とは思えない


バイト行きたくないのに加えて、返さなきゃいけないメールとか返さなきゃいけないLINEとかアイロンかけなきゃいけないワイシャツとか書かなきゃいけない書類とかが重圧となって私にのしかかる。やりたくない。メールとLINEはバイトとは完璧に関係ないけどやりたくないったらやりたくない。死にたいし消えたいけどまだ生きていたいので弊社が死んで


まともな人間に生まれたかった。なんで私は生来ものぐさでコミュ障で全然仕事ができなくて人間嫌いなクソ野郎なんだろう。俗世で生きれるとは思えない。いっそ仕事ができなくても他人になんて思われてもなにも感じない人間性の欠如した本物のクソ野郎に生まれたかった。ほんとは真面目に働けて辛いことがあってもそこから立ち上がることのできる夢とか希望のある人間に生まれたかった



味噌汁は美味しかった。一欠片の正気を取り戻したのでこれを書いてる

やる気出ないときのやつ


書きたいのに書けない!無理!ってときに、趣味を楽しんでリフレッシュかつインプットしよう!ってあるじゃん


やりたいのに出来ないときって、パソコンの前で書きたいのに書けなくて、現実逃避から一日の時間をソリティアと上海に費やしたりTwitter見たりして夕方になって絶望したりしがちだよね、わかるわかる


でもあのインプット論は、なんもしないで1日過ごしちゃった……って自己嫌悪に陥るより、さっさと諦めて漫画読んだりゲームしたり映画観たりして、少なくともなんかした!インプットしたよ!っていう言い訳できるからいいんじゃないかなって思う。なんもしないよりは全然マシ。心情的に


だって、なんも書けないときはなにやったって書けないもん!ダメなときはダメ!インプットしようが無理なもんは無理!!書けないと思うと追い詰められて余計書けなくなっちゃうし

そんなときは諦めてソリティアやって上海やってTwitterしようぜ。しょうがないよ、そんな日もあるさ。おとなしく自己嫌悪で死にたくなったりしよ。また次がんばろう



見えない都市、ゴーメンガースト

 

ゴーメンガーストを心に持つ者は幸いである

 

はじめてゴーメンガーストに入城したのは、冷たい雨の降る寒い冬の日だった。ずっと読んでみたいと思っていた。創元推理文庫の巻末の解説を読んではその内容に思いを馳せていた。面白そうで読んでみたかったが、そこらへんの本屋には全然なかった。シリーズの一巻目を見つけたのは、友達と一緒にオープンキャンパスに行った帰りに寄った池袋のブックオフだった。欲しかったお宝を見つけた多幸感で頭がくらくらするのを感じながらレジに向かったのを覚えている。しばらく積んで所有欲を満たした後、通学時にようやく本を開いた。ちょうど線路の工事で学校に行くのに電車が使えず、蒸し暑く湿った人の体温がこもる慣れないバスの中だった。そこにすべてがあった

 

読書の楽しみのひとつは、あらすじや解説を読んでどんな物語なのか想像することだ。あらゆる小説はこちらの予想など軽く超えてくる。思っていたより面白いこともあるし、思っていたよりつまらないこともある。予想なんて外れるものだ。予測と実際の差異が楽しい。私の想像した物語は、私だけのものになる。タイタス・グローンは違った。想像した通りだった。子供が夢見るおもちゃ箱のように、私の欲しかったものすべてが詰まっていた。陰鬱で、悲惨で、神話で、喜劇で、話がめちゃくちゃ面白かった! 夢中になった。石の迷宮を歩き回り、登場人物たちの秘密を盗み見た。その頃は受験から逃げたくてたまらず、友人関係にも悩んでいた。ゴーメンガースト城は私だけの秘密基地だった。その悪夢的に広大な領地は、わけもなくイライラして鬱々とした私に必要な隠れ場所を提供してくれた。私は喜んで悠久の石の中に隠れた。冷たいゴーメンガーストの石は、私を落ち着かせてくれ、石のやりかたで冷やかに密やかに呼吸することを教えてくれた

 

奇怪で一部狂った登場人物にも親しみを覚えた。正直なところ、彼らには覚えがあった。あれはどこにでもいる人たちだ。現実にいそうな人々のちょっとした特徴や癖が拡大されてデフォルメされているだけ。なかでもとりわけ、フューシャがお気に入りだった。どれだけ彼女は私だと思ったことだろう。孤独で神経質で心を閉ざし、自分だけの世界を生きてきたフューシャ。彼女の劇は、いつも私のやっていることだった。私にとっては、ゴーメンガーストの物語自体がフューシャの劇と同じだった。極めて個人的な、夢と同じ成分で作られた物語になってしまった

 

いつもの路線とは違う、全然知らない住宅街を走るバスに揺られて、毎日ゴーメンガーストへと向かった。曇天や雨で窓の外の景色もよくわからない。いつもバスはちゃんと駅に着いたが、あれは私の少ない体験の中で最高にファンタジー的な経験だと思う

 

今ではバスに乗らなくてもゴーメンガーストに行くことは容易い。三部作と、マーヴィン・ピークの奥さんが書いた四冊目、すべてを読んでしまった。タイタスの旅路も、多くの登場人物が辿る悲劇的な末路も知っている。分厚い本に仕舞われていた大量の文字は石となり、私の精神世界に巨大な城を築き上げた。あの石の呼吸を感じとろうさえ思えば、ゴーメンガーストはいつでもそこにあるのだ

 

不思議な国に行って帰ってくる王道のファンタジーでは、帰ってきたときには大人になっているはずで、もう子供っぽいファンタジーなんかいらないとされるものだ。残念ながら、私は大人になんかなれていないし、まだ自分だけの秘密基地が必要になることもある。永遠に必要な気がする。でも、仕方がないよね。ゴーメンガーストはでかすぎる。一度出来てしまった城を壊すことはできない

 

自分のために演じられる自分だけの劇を持つ者にとって、ゴーメンガーストは幸いである

 

ゴーメンガーストを心に持つ者は幸いである

 

 城に暮らすみんながいるのだ、心にゴーメンガーストがあればひとりぼっちじゃない

朝電車

朝電車で寝てる人間の前に立ってぺちゃくちゃおしゃべりする奴なんなん??


うるさくて眠れねーんだよ

真ん中のほう空いてるのにわざわざ端っこに立って喋る意味がわからん

嫌がらせか?

しかも日曜の早朝だから余計に怒りが増す。こっちには朝から楽しく話す相手もいねーし

っていうか、平日朝のかわいい女子高生でもうるさいとイライラすんのに、日曜の朝からおっさんのでかい話し声なんざ聞きたくないんだよ。ふざけんな


隣で話されるのもむかつくけど、今日は隣と前からだったから余計腹立った。なんで相手が座ったのに、相手の前に立たないで私の前に立つんだよ!挟み討ちかよ!嫌がらせにしか思えない


貴重な睡眠時間を補ってるんだからほんと勘弁してほしい